こんにちは、スズロウです。
僕の愛聴盤である山下達郎さんのアルバム『FOR YOU』は誰もが知る名盤であり、このアルバムのジャケットを見る度に鈴木英人氏の名を思い浮かべ、その逆もありですが、発売から40年経った現在でも色褪せない人気と、ビュジアルも最高で音楽も最高というアルバムには、このアルバム以外でなかな出会う事がありません。
image source: 鈴木英人 - Eizin Suzuki -
鈴木英人 EIZIN SUZUKI
1948年生まれ (昭和23年) 74歳 イラストレーター、版画作家、アートディレクター
高校時代、絵画部に所属し、サルバドール・ダリ、アンドレ・ブルトンなどのシュルレアリストに傾倒した鈴木英人氏は、卒業後、デザイン会社に就職。
1971年頃より広告デザインを手掛け、デザイナー、アートディレクターを経て、1980年に32歳でイラストレーターとしてデビュー。
初期の作品ではアメリカ西海岸を彷彿とさせる暑い日差しを感じさせる風景をモチーフにした作品を多く発表。風の流れや太陽光線のキラキラ感を表し描かれる架空のリボンや紙吹雪が特徴となって作品のアクセントとなっています。
また、同時期に活躍されていた『ハートカクテル』でおなじみのイラストレーター、わたせせいぞう氏や1981年発表の大瀧詠一の超ロングセラーアルバム『ALONG VACATION』のアルバムワークで有名な永井博氏の描くイラストとともに1980年代を象徴するイラストレーターとして認知されています。
英人氏の談話より一部抜粋
「27歳のころ、独立を考えました。一生、広告代理店の下請けで終わるのは嫌だと思ったんです。そこで、世界中の絵画、美術本を所蔵する図書館に、毎日のように通いました。
僕が模索していたのは、『誰も描いたことのないイラスト』。僕がどんな絵を描きたいか、ではなく、まだ誰も用いたことのない技法はなんなのか。まだ世の中にないものを、自分の手で作ることが最大の目的でした。
そして、2年ほどかけて辿り着いたのが、マンガの技法でアメリカを描くというスタイルでした」
「マンガの技法とは、面に筆をのせるのではなくて、線で表現することです。色は、濁色・淡い色を使わない。青い空、白い雲、赤い車など、はっきりとした色を入れる。マンガは、そういう描き方ですね。
自分のスタイルが完成したとき、必ず当たると思いました。『類似品がないものはヒットする』という自信がありました」
参考
アメリカの街の風景、看板、スポーツカー、サーフボード、ビーチを描く色とりどりの色彩表現。誰もが、ひと目で鈴木氏の作品だとわかります。
デザイン会社から独立してアメリカへ飛び立った英人氏は、レンタカーでアメリカ全土を回り、数万枚の写真を撮ったと聞いたことがあります。
「カナダ、サンフランシスコ、ロサンゼルス。現地の風景を写真に収めて、版画にしました。コカ・コーラの看板とかを見ると、震えるほど嬉しかったですね。
看板には、その国の文化があります。僕が意識したのは、ありのままの風景を描くこと。真ん中に電柱があっても、そのまま描くようにしていました」
参考
30歳、転機が訪れます。鈴木氏の版画が、雑誌『イラストレーション』(玄光社)の編集長の目にとまり、作品が掲載されたのです。
「すると、グラフィックデザイナーとして有名な亀倉雄策さんから、仕事の依頼があったんです。大手企業のテレビCM、ポスターなどに起用されて、まさに、とんとん拍子。当たるとは思っていましたが、亀倉さんと一緒に仕事ができるとは……」
エアーチェック命のリスナーのバイブル『FM STATION』
1981年、雑誌『FM STATION』が創刊され、鈴木氏は、7年間表紙のイラストを担当しています。当時は、FMラジオの番組をチェックしてカセットテープに録音したり、とじ込み付録のカセットインデックスを使ってカセットを整理するリスナーが多くいたそうです。とってもアナログで面倒な作業のようですが、なんだか楽しそうですね。
「いまはパソコンで色をつけるけど、当時は、パントーンというフィルムの裏に糊(のり)がついているものを貼っていたんです。貼り絵ですね。とくに、カセット・インデックスの人気がすごかった。隔週刊でしたが、量は相当こなしました」
参考
鈴木氏が初めてレコードのジャケットワークを手がけたのは、1982年に発表された山下達郎のアルバム『FOR YOU』でした。講談社から発刊されていた『年鑑日本のイラストレーション』を見た山下本人が、鈴木氏にジャケットデザインを依頼したとされています。
image source:アルバム『FOR YOU』レコードジャケット
「当時、東銀座にうちの事務所があって、そこに達郎さんが来てくれたんです。僕は最初、顔を見てもわからなかった(笑)。CMソングを歌っている人というのは知っていたけど、同じ人だとは思わなかったんです。
そして、『何を描いていただいてもけっこうです』と、オファーしてくださり、快諾しました。
『FOR YOU』のジャケットは、いつか描いてみたいと思っていた風景でした。建物は、電器店のイメージで、3日ほどで完成しました。この仕事は嬉しかったですね。40年のキャリアのなかでも、ステップアップのきっかけになりました」
鈴木英人さんの作品の魅力は特殊技法を駆使して表現するリアルな世界にあるように思えます。リアルというよりもシュールリアリズムといった方が良いかも知れませんが、すごく極端なコントラストを醸し出す色使いをされている部分も多いのに遠くから観ると写真を思わせるようなリアリズムがそこにはあり、近くで見ると作品全体に緻密な線が描かれていて写真では有り得ない“風”や“音”や“ムード”を表したと思われる線や色の面があってハッキリと絵だと分かる描き方なのに不思議な透明感や清涼感・シズル感さえ漂ってくる点が観る人を惹きつけるのだと思います。
1980年代から90年代、鈴木英人さんの作品の表現方法は独特でペンで線を描いて全体を仕上げ、その後画材の一つであるオーバーレイを貼って着色の代わりとして描きあげるといった手法を採られていました。
そして現在はペンでの手描きはそのまま活かし、その後はデジタルでオーバーレイの代わりにフォトショップを使用して描きあげるという手法を採られています。
その技法は独特でアメリカで撮影した写真をプロジェクターで投影してケント紙にトレースし、色や陰影の境目などのトーンラインにロットリングで無機質で単一化された線を入れて、その中をパントンと呼ばれるスクリーンで埋めていくという技法で作られています。
かなり手間がかかりそうな技法で、細かな部分にまでスクリーンを貼るというのは気が遠くなりそうですね。
ただ、この技法で描かれていたのは初期の頃の話で、その後はリトグラフやシルクスクリーンなどの作品も多く見られるようになります。
調べてみると最近では制作技法がE.M.グラフなるものに変わっているようです。最近のインタビューで今はフォトショップで制作しているとのことだったので、E.M.グラフはなんらかの印刷なのだと思いますが、どういった印刷なのかまではわか調べてもわかりませんでした。
初期の作品と比べると、E.M.グラフという技法で作られた作品はより色が鮮やかで透明感がある仕上がりになっているように見えます。ひょっとするとこのE.M.グラフはオリジナルで開発された技法なのかもしれません。いったいどうやって作っているのか気になりますね・・・
鈴木英人 2011年の談話より
自身の創作は風景写真を撮ることから始まる。「昔は年の4分の1くらいは取材で海外に行っていました」。時には一度の取材で1万枚を超えることもあった。そのほとんどは観光地のランドマークではなく、その時目に付いた印象的な景色。
「砂漠を走っていたら不意に小さな建物が視界に入ってきたり、そういう時に感じた衝撃を絵にしたくなる」。その景色を素材に作品を描き出す。
一貫するのは光の描き方。光の陰影やグラデーションをあえて実線で描き出す。するとそこには写真よりも鮮明な”英人の世界”が浮かび上がる。